新聞をめくる音、家族で囲むテレビニュースの時間。
かつて当たり前だった光景が、今では急速に失われつつある。
以前、私たちの情報源は新聞とテレビに限られ、これらは「知のセーフティーネット」として社会全体の知的基盤を支えていた。
インターネットの普及により、情報の流れは劇的に変化し、「新聞・活字離れ」は単なる嗜好の変化を超えて、社会全体に影響を及ぼす深刻な現象となっている。
かつてのマスメディアは「横並び」「没個性」と批判された。
確かに、新聞もテレビも似通った論調で、政治的立場の違いも見えにくかった。
しかし、その結果として全国民に均質な情報が届き、社会に共通の基盤が形成されていた。
新聞を読む親の姿に触発され、子供も自然とニュースに親しみ、テレビを通じて自分の生まれる前の出来事にも関心を持つ。
そうした環境が日本社会の知的土台を築いていた。
そこには対話という最小限の議論があったのである。
しかし現在は、誰もが自由に情報を発信・選択できる時代となった。
自分の「見たい情報だけを見る」環境が一般的となり、その結果、情報の偏りが生じている。
良質な情報を求め、知識を蓄えて成長する若者がいる一方で、基礎的な知識すら持たない層が拡大し、「情報格差」が顕在化している。
このような知識や情報判断力では、世界中の市場で巨額な資金を扱うトレーダーは存在し得ない。