国際金融の中心で活躍するSnow White氏による質疑応答の後編です。

Snow White氏は、欧米の大手プロ投資家と直接議論を交わしていますが、そのプロ中のプロたちが何をしているかについて立場上、具体的に語ることはできません。

また、財務省や日本銀行関係者との対話内容も公開することはできません。

 

経営や投資を担当する方々にとって、この情報は永久資産として整理・記憶に役立つことを願っています。

後編に入りましょう。

質問4:断続的且つ突然に介入を実施することで、プロも食指が動かしづらくすることを財務省は狙っているのでしょうか?

報道されているように先週に合計9兆円の為替介入が実施されていたとしても、為替市場全体の取引高に比べれば非常にわずかであり、直接的な影響力は限られます。

日本の祭日の昼(4月29日)やFOMC直後の早朝5時(5月2日)など、市場参加者が特に少ない時間帯が狙われたのは、おそらくそのためです。

 

しかし、ドル円は4月29日の「介入」で一時151円を付けた後、翌日には157円まで回復しました。5月2日の介入は効果を上げたようにも見えますが、これは3日夜に発表された4月米雇用統計が予想を下回り、FRBの利下げ観測が再浮上したことが主因です。

 

 

質問5:日銀が欧米中央銀行のように大幅な利上げをしない理由は何でしょうか?

もしご質問の趣旨が「なぜ円安を止めるために利上げをしないか」という点ならば、昨日に日銀は通貨の「対内的価値」である物価の安定を目標としている点を説明いたしました。

法律で決められた役割分担は、官僚組織にとって非常に重要です。

 

西野智彦『ドキュメント異次元緩和』(岩波新書)には印象深い一節があります。

連日のように国会で円安無策を責め立てられた黒田の苛立ちは、やがてピークに達する。

「なんで俺が為替について国会で怒られなきゃいけないんだ。これは財務官の仕事だろう。俺だったらとっくに介入している」

黒田氏は財務官の経験者です。

それでも、為替政策は財務省の分担ということで、金融政策で円安に対応しようとすることはありませんでした。

(異次元緩和の初期段階で円安の効果を利用しようとしたことは間違いないと思われますが)

 

 

質問6: 円安を止めるために、介入や日銀の利上げの他に手段はないのでしょうか?

介入の効果を高める方法としては、日銀の「量」的な政策と連動させるという考え方があります。

例えば、黒田・前日銀総裁は日経新聞に連載した「私の履歴書」で、以下のように書いています(https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK242740U3A920C2000000/)。

 

当時は私の後任の溝口善兵衛財務官が巨額の円売り・ドル買い介入を実施し、福井俊彦総裁が率いる日銀が量的緩和を拡大して「非不胎化介入」となっていた。

この状況を米財務省のテイラー次官も支持し、円安が物価にも好影響を与えていた。

 

2003〜04年には小泉政権下で合計35兆円の円売り介入が行われました。

当時、日銀は量的緩和を行っており、当座預金残高目標を30-35兆円まで引き上げました。

介入額と、日銀の量的緩和の規模が一致しています。これを黒田氏は「非不胎化介入」と表現しています。

 

ドル円と日米の資金供給量の比率は、相関しているという考え方が当時の市場参加者の間にありました(いわゆる「ソロス・チャート」)。

黒田氏が日銀総裁就任後に異次元緩和を打ち出したのも、それによって円高を修正し、物価に好影響を与えることに期待した面があったと思われます。

 

逆に、円安を是正したいならば、日銀が量的引き締めを行えば助けになるのではないか、という考え方もあります。

4月26日の日銀決定会合の結果発表の直前に、時事通信が「日銀、国債購入縮小の方法検討 事実上の量的引き締めへ移行」(https://www.jiji.com/jc/article?k=2024042501265&g=eco)と報じ、注目されました。

 

この措置が見送られたことが会合後に円安が加速した一因になったとも言われています。

時事通信は昨日の植田総裁は岸田首相の会談を報じた際にも、「市場では、早期の追加利上げや「月間6兆円程度」としている国債買い入れを減額する可能性が取り沙汰されている」と解説しています(https://www.jiji.com/jc/article?k=2024050700972&g=eco)。

 

実は、日本の通貨流通量とドル円にどのような関係があるかは、標準的な経済理論では明確な結論はありません。

それでも、黒田前総裁の異次元緩和が当初は円高是正に効果的だったように、日銀の国債買い入れの減額が市場で注目された場合には、円安是正のきっかけとなる可能性はあります。

 

ただ、問題は、その場合は日本の長期金利上昇が避けられないことです。

もし金利上昇によって日銀の含み損や政府の利払負担が懸念されるようになった場合には、日本に対する信認の低下によって、円安がさらに加速しかねません。

 

質問7:4月の日米韓共同声明で、協調介入が期待されましたが、実施されませんでした。

拍子抜けの感があります。

協調介入の可能性はまだあるのでしょうか?韓国と協調介入したことは過去あるのでしょうか?

4月17日の「日米韓財務大臣会合に係る共同声明」(https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/convention/other/20240417.pdf)は、為替について以下のように表現しています。

我々はまた、最近の急速な円安及びウォン安に関する日韓の深刻な懸念を認識しつつ、既存の G20 のコミットメントに沿って、外国為替市場の動向に関して引き続き緊密に協議する。

 

この「既存のG20のコミットメント」とは、以下のようなものです。

我々は、為替レートは根底にある経済のファンダメンタルズを反映することに引き続きコミットし、また、為替レートの柔軟性は経済の調整を円滑化しうることに留意する。

我々は、外国為替市場の動向に関して引き続き緊密に協議する。我々は、為替レートの過度な変動や無秩序な動きが、経済及び金融の安定に対して悪影響を与え得ることを認識する。

我々は、通貨の競争的切下げを回避し、競争力のために為替レートを目標としない。

 

要約すると

(1)為替レートは根底にある経済のファンダメンタルズを反映する、

(2) 為替レートの過度な変動や無秩序な動きが、経済及び金融の安定に対して悪影響を与え得る、

(3)通貨の競争的切下げを回避し、競争力のために為替レートを目標としない、

ということです。

この中で、(1)と(3)は為替介入に否定的ですが、(2)は「過度な変動や無秩序な動き」の場合のみ、為替介入を容認しているように読めます。

4月29日の「介入」は、2営業日でドル円が155円台から一時160円超えまで5円近く変動した後だったため、この条件は満たしていたと言えるでしょう。

 

ただ、イエレン財務長官は5月4日、日本の為替介入について質問され、「日本が介入したかどうかについてはコメントしない。それは噂だと思う」と述べた上で、「円は比較的短時間でかなり動いた」ことを認め、

「我々はそうした介入はまれで、協議が行われることを期待している」(we would expect these interventions to be rare and consultation to take place)

と発言しました。

 

前述の通り、米国は1996年以降に3回しか協調介入を行っていないことを思い出してください。

そのうち2回は日本との協調介入ですが、1998年6月の金融危機と、2011年3月の東日本大震災の時です。

 

果たして今の日本はそれほどの大惨事に見舞われていると米国側から見えているでしょうか?

そうでないことをイエレン財務長官の発言は明確に示しています。

「日韓」の協調介入も現実的ではありません。

 

2001年に日本は韓国と通貨スワップ(金融危機の際に互いに通貨を融通し合う協定)を結びましたが、2015年に日韓関係の悪化で失効し、2023年12月に通貨スワップを再開しました。

ただ、これは基本的に韓国の危機に備えた仕組みであり、日本が韓国に支援してもらうための制度ではありません。

また、米国は外貨準備に円とユーロしか保有していません。

ウォン買い介入を行い、外貨準備に新たにウォンを加えるインセンティブもないでしょう。

このため、円とウォンをともに米国が支援する「日米韓」の協調も考えられません。

 

結論として、日米韓共同声明には米国側のリップサービス以上の意味があるとは思えません。

 

これらの話で1つでも理解が出来ていなければ、

FX投資 及び 外国為替を語ることは

避けられた方がいいと思います。

 

為替介入の基礎知識

(前編)本当に日銀のみに責任があるのか?(クリック)

 

今さら聞けない、【外国為替】

(1)はじめに:個人が為替市場と付き合うために(クリック)

(2)為替予想は当たらない(クリック)

(3)為替の変動要因:経常収支、金利、政治(クリック)

(4)円安?ドル高?(クリック)

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