先週月曜に「まらない円安 何が問題なのか?」と題する記事を寄稿したばかりですが、円安にいったん歯止めがかかる可能性が出てきました。

5日に発表された強い3月米雇用統計の後も、ドル/円は152円を超えることはありませんでした。

 

私が見方を変えた理由は、

(1)円安の進行に対して日本の当局者が明確な反応を示し始めたこと、

(2)日米以外の外部環境に変化が見られること、です。

まず、私が一番問題視していた日銀の情報発信が変わってきました。

 

植田総裁は4月5日付の朝日新聞のインタビューで

「夏から秋にかけて春闘の結果が物価にも反映されていく中で、目標達成の可能性がどんどん高まっていく」、

「為替の動向が賃金と物価の循環に、無視できない影響を与えそうなら金融政策として対応する理由になる」

と発言しました。

朝日新聞はインタビューのポイントを以下のように整理してくれています。

https://digital.asahi.com/articles/DA3S15904968.html?iref=pc_ss_date_article

 

■追加利上げ判断のポイント

 (1)2%物価目標への「確度」高まり

 ☞夏から秋にかけて春闘の結果が物価にも反映される中で、高まっていくとの見通し

 (2)為替の動向

 ☞賃金と物価の循環に無視できない影響を与えそうなら

 (3)目標を超えて物価が上ぶれ

 ☞可能性はそれほどないとの考え

 

これは非常に明快なメッセージです。

 

「夏から秋」というのは、ちょうど米国のFRBやユーロ圏のECBの利下げ開始が予想されている時期です。

日本と欧米の金利差は縮小する見通しだということです。

 

さらに、為替が利上げの判断に影響を及ぼすことをはっきりと認めました。

その一方で、市場に利上げを催促されることがないように、目標を超えて物価が上振れする可能性については否定しています。

 

朝日新聞は英語版の記事も配信しています(https://www.asahi.com/ajw/articles/15220141)。

このインタビューは4月4日のニューヨーク市場で外国人投資家も読むことができました。

意図的ではないでしょうが、この記事では「緩和的」という言葉が専門用語の”accommodative”でなく、より一般的な”loose”と訳されているため、AIも金融緩和のシグナルとして処理することはなかったと思われます。

 

さらに、4月2日付のブルームバーグに山崎達雄・元財務官のインタビューが掲載されました(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-04-02/SBAJGQT0AFB400)。

山崎氏はドル/円が「何らかのきっかけでレンジをドル高方向にブレークすれば介入する」と述べ、「155円になっても介入しないというのは完全に通貨当局の信任を失う」、「前回の2倍や3倍の介入をしても(資金は)全然まだあり、十分過ぎる」と断言しています。

山崎氏は2003〜04年の大規模介入を為替市場課長として指揮した人物であり、神田財務官の元上司でもあります。

2022年9月22日の為替介入の際にも、山崎氏はその2日前にブルームバーグに「介入をやっても全然おかしくない」と警告していました。

前述の植田総裁のインタビューが実施されたのは4月3日でした。

ドル/円が1990年以来の円安水準である151.97円に達したことで、当局者の警戒感が高まってきたことがわかります。

ただ、日本の当局が為替介入を実施を決意していたとしても、重要なのは米国側がそれを容認するかどうかです。

この点で、今週の岸田首相の訪米は極めて重要です。

 

10日の日米首脳会談では、自衛隊と在日米軍の指揮統制の連携を強めるとともに、重要鉱物や半導体のサプライチェーンなど経済安全保障でも関係を強化する方針が発表される見通しです。

11日には、フィリピンのマルコス大統領も加わって初の日米比3ヵ国首脳会談が予定されています。

日本は米国のアジア太平洋戦略で欠かせないパートナーとなりつつあります。

日米関係がここまで緊密化し、日本の経済・政治の安定が米国の国益にもなっている状況で、米国が為替介入に反対するとは思えません。

 

日米以外の外部環境も変化しています。

イスラエルが4月1日にシリアのイラン大使館を空爆し、イランの最高指導者ハメネイ師が3日に報復を宣言したことで、外国人投資家は中東情勢を懸念するようになっています。

さらに、11日のECB理事会では、政策変更は予想されませんが、6月の次の理事会での利下げが予告される可能性があります(スイスはすでに3月21日に利下げを開始しました)。

 

付け加えておくと、私は円高への転換を予想しているわけではありません。

日本の貿易収支は赤字で、デジタル関連のサービス赤字(米IT企業への支払い)が拡大を続け、企業は対外投資の収益を日本に戻さず海外で再投資し、個人がNISAで外国株投信の購入を増やしていることを踏まえると、円が弱い通貨であることに変わりはないと思います。

 

指摘したいのは、市場にはリズムがあり、そろそろ円安圧力が弱まる局面に入りつつあるのではないかということです。

日本の政策当局のスタンスが変化しつつある一方、他の地域ではそれ以上に重要な材料が浮上してきているわけですから、今後は外国人投資家が円売り以外のテーマに目を向けるようになっても不思議はないでしょう。