為替市場の空気が変化し始めている。

昨日、巨大資金を運営するプロ・トレーダーにヒアリングした話を配信した。

驚くほどの数の問い合わせを頂戴したことに先ずはお礼申しあげたい。

 

メディアや専門家は最近まで「為替介入に効果はない」、「円安はまだまだ続く」と煽っていたが、5月17日付の日経新聞は「過度な円安は一服 「介入観測」以降に投機縮小」という記事を掲載した。

この記事では、2022年10月の介入後と同様に「今回もCPIでドル高の流れが変わり、4月29日の1ドル=160円24銭が当面の安値として意識され始めている」という見方を紹介する一方、「ただ米経済指標が再び米経済の底堅さを示せば、円安・ドル高が再び進行するリスクも残る」とも付け加えている。

 

もしエコノミストがプロの投資家に対してこのような

「風見鶏」の説明をしたら、

時間の無駄だということで、

もう話を聞いてもらえなくなるだろう。

 

天気予報で

「晴れるでしょうが、雨になる可能性もあります」

と言っているのに等しいからだ。

 

 

市場を百発百中で当てることは不可能である。

プロの投資家はそんなことを求めはしない。

 

重要なのは、先ほどの天気予報のたとえを使えば、

晴れと雨の確率を提示することだ。

 

それには、

無数の要因の中から本質を取捨選択することが必要となる。

これこそが「ロジック」なのである。

 

具体例として、私が外資系金融機関のプロのエコノミストと交わした会話を紹介しよう。

 

外資系金融【エコノミスト】に聞く

質問:円安は終了したのでしょうか?

回答:ドル円は16日(木)の日本時間に前日の米消費者物価(CPI)を受けて一旦153円台を付けた後、 再び155円台に戻るなど、まだ方向性がはっきりしない。

しかし、160円まで円安が進むような地合ではなくなったことは確かだ。

 

この背景には、日本と米国の双方の要因がある。

日本側では、

4月29日に財務省はドル円が160円に達した際に介入し、さらに5月2日早朝のFOMC直後にもダメ押しの介入を行なって155円以下まで為替を戻した。

これにより、日本側の強い意志が市場に伝わった。

植田日銀総裁は5月7日に岸田首相と会談した後、「最近の円安については日銀の政策運営上、十分注視していくことを確認させていただいた」と発言した。

さらに、5月8日の講演では、「去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている」とも述べた。

4月26日の日銀決定会合後の記者会見で植田総裁が為替に対して全く懸念を示さず、円安に拍車をかけたのとは様変わりである。

日銀は5月13日の国債買入で、5年超10年以下の国債の買入額を前回の4750億円から4250億円に減額した。

これは予想外であり、日銀がいよいよ国債保有残高を減らす「量的引き締め」(QT)に向かうのではないかという期待が生じた。

5月17日の次の国債買入オペの発表で変更がなかったことが一部で「期待外れ」と受け止められたくらいである。

米国側では、

5月1日のFOMC後の記者会見で、パウエルFRB議長は政策金利の据え置きが長期化する見通しを示しながらも、「次の金利の動きが引き上げとなる可能性は低い」と発言した。

その前には、FRBが再び利上げを行うのではないかという見方が市場にはあった。

さらに、FRBのバランスシートの縮小ペースを6月から減速させることも発表された。

 5月3日の4月米雇用統計では、非農業部門雇用者数が前月比+17.5万人の増加と3月の同+31.5万人から減速し、失業率も3.9%へ0.1%pt上昇した。

5月9日発表の失業保険申請件数も予想以上に増加し、労働市場が悪化に向かい始めたのではないかという見方が生じた。

 5月15日に発表された4月消費者物価(CPI)は総合、コア(除く食品・エネルギー)ともに前月比+0.3%と、3月の同+0.4%から鈍化した。

1月から3月までCPIは予想を上振れし続けており、4ヵ月ぶりに「無難」な結果となったことで市場は安心した。

日本側が為替介入や植田総裁の発言で円安是正の姿勢を示し、米国の雇用統計とCPIを受けてFRBの利下げ期待が再浮上したことを踏まえると、「日米金利差によって一本調子で円安・ドル高が進む」という単純な見方を見直すべき時が訪れたと言えるだろう。

 

質問:今後の注目点は何でしょうか?

回答:5月末まで、米国側で重要な指標はない。来週以降は、日銀の動きが注目されるだろう。

まず、5月21日に日銀は第2回目の金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップを開催する。

これは非公開の会議だが、「過去25年間の経済・物価情勢と金融政策」について経済学者やエコノミストを交えた議論が行われる予定である。

さらに、5月27日には日本銀行金融研究所主催の国際コンファランスで植田総裁と内田副総裁が講演する。

日銀が利上げや国債買入減額などの具体的な政策について明確なシグナルを送るかどうかが注目されるだろう。

 

6月に入ると、米国に再び焦点が移るだろう。

7日に5月雇用統計、12日に5月CPIが発表される。

4月分に続き、雇用と物価の減速が確認されるかどうかがポイントである。

 

6月11〜12日のFOMCでは政策変更はないだろうが、FRBの経済予測と政策金利の予測(ドット・プロット)が公表される。

(1)日銀が今後の金融政策の正常化の方針を示し、(2)米国の雇用、物価の指標が上振れせず、(3)FRBの利下げ観測が維持される、という前提に基けば、円安の動きが再燃する可能性は低いだろう。

なお、6月6日のECB理事会ではいよいよ利下げへの転換が決定される見通しであり、日銀との政策の方向性の違いがより明確となる。

 

また、日本のメディアでは全く出てこない見方だが、外国人投資家の間では、中国の動きがドル円に影響を及ぼす可能性も議論され始めていることも紹介しておきたい。

中国政府は5月17日に総合的な不動産支援策を発表し、地方政府がマンションを買い取ることを認めるほか、住宅ローンの規制も緩和した(https://jp.reuters.com/world/china/XVU6VKLZ25LLLPHK437S62MM7M-2024-05-17/)。

中国がようやく不動産バブル崩壊の問題に取り組み始めた背景には、米国が対中関税の大幅な引き上げを5月14日に発表するなど、人民元安と輸出拡大で景気を下支えする政策が国際社会で容認されなくなったことがあるだろう。

 

それによって元安・ドル高が修正されるならば、同じ東アジアの日本でも円安圧力が弱まるはずだと外国人投資家は考える。

さらに、日本にとって重要な隣国である中国のダウンサイド・リスクが(少なくとも短期的に)後退するならば日銀は利上げをしやすくなる。

5月下旬には日中韓3カ国が2019年以来の首脳会談をソウルで開催する予定だ。この場でドル高への対策が話し合われるのではないかという見方も出ている。

 

もちろん、日本人が人民元と円を結びつけて考えることはほとんどないだろう。

しかし、欧米から見れば中国と日本は近い。

 

それよりも私が面白く思うのは、少し前まで円安が進行する理由ばかり探していた外国人投資家が、今では中国のニュースを円安の修正の材料として捉えていることだ。

中国の状況が日本に実際に影響を及ぼすかどうかは別として、これは市場のセンチメントが変わったことを示すものと言えるだろう。

 

質問:「円安は日本を滅ぼす」、「なぜ財務省と日銀は無策なのか」といった記事をよく見かけます。そうした見解についてはどのように思われますか?

回答:全く無意味であり、そのような議論には関わりたくない。

固定相場を採用したり、徹底的な資本規制を行うのではなければ、そもそも為替レートはコントロールできるものではない。

 

第二次安倍政権は2012年から2020年まで、3回の衆議院選挙で勝利して長期政権を維持した。つまり、アベノミクスを国民は支持してきたのだ。

この背景には、民主党政権下で一時75円台まで円高が進行し、国民の間で日銀に円高是正を求めるムードが蔓延していたことがあった。

 

最近、安倍元首相が2022年の自民党の会合で

円が300円になったらトヨタの車が3分の1で売れる。日本の製品の価格が3分の1になる。日本への旅行費も3分の1になる。そうすればあっという間に(経済は)回復していくという考えはどうか

と発言していたことが取り上げられた(https://www.chunichi.co.jp/article/892925)。

安倍氏自身が円安になればなるほど景気は良くなると考えていたのだとすれば、「アベノミクスは円高の是正に効果を挙げたが、今では円安が行き過ぎている」という見方には説得力がない。

 

ロジックに基づかずにムードに流されて政策を転換すると、

同じ間違いを犯すのみだろう。

 

アベノミクスを客観的に検証した上で、

今後どのような政策を採用すべきかを改めて考えるべきだろう。

 

現在、日銀が実施している「金融政策の多角的レビュー」は

そのような意味合いを持つものと言える。