週に2度ほど、権さんと何気ない話をしながら焼酎を楽しんでいる。
直接的な質問は彼が心を閉ざしてしまうため、時間をかけて間接的な話題から入るようにしている。
これを何度も繰り返し、やがて本題へと進む。
私が彼に聞きたいのは北朝鮮の状況ではなく、彼が永住を選んだ韓国での「第二次朝鮮戦争の可能性」である。
彼の口から出る言葉は、予想を超え「生き延びるための本心」だと感じた。
これは通常の報道では得られない情報だった。
「外貨、食糧、医薬品がこれほど不足している中、北朝鮮の国民はどう考えているのか?」
☞選択肢がないのです。以前は、陸路や海路で中国への脱北も可能でした。
次に、38度線を越えることが賄賂金などにより実現できました。
しかし現在は、センサーがあるため脱北は容易ではありません。
それよりも、脱北の費用を捻出することができないのです。
金さえあれば、誰もが脱北を望むはずです。
「脱北に失敗したらどうなるの?」
☞一生、家畜のように労働させられるでしょう。
女性の場合、状況次第です。
体力がなければ殺され、若ければ他の用途で利用されるでしょう。
それは限定的な用途ですが。
「死刑についてどう思いますか?」
☞北朝鮮では、反逆行為は重罪であり、死以外の選択肢はありません。
韓国に来て初めて、生きている間に人権が存在することを知りました。
OECDのリーダーとされる38カ国の中で韓国、日本、米国はまだ死刑制度が存在しますが、韓国は既に25年間死刑を執行していない事実上の死刑廃止国であることも知りました。
北朝鮮では、すぐに銃殺されます。
それに先立って、飢餓により死亡させているという事実もありますが、これも一種の下級層への死刑宣告と言えます。
「これから韓国に住むつもりですか?
☞韓国に住んでも、脱北者は偏見を持たれるだけです。
北朝鮮の敵である米国には、北朝鮮出身の在米韓国人が多くいます。
彼らの多くは、朝鮮戦争の前後に韓国から米国に移住した人々です。
彼らは韓国で差別を受けたために米国に移住しました。
私は、中国の朝鮮族を通じて、長年親戚と連絡を取り合っていました。
親戚が米国に住んでいることは、親からも秘密にするようにと言われて育ちました。
北朝鮮では、家族が海外に住んでいるというだけで差別の対象になります。
私の父は上層部ではありませんでしたが、韓国と中国の朝鮮族を通じて米国の親戚から米ドルを受け取り、そのお金を賄賂として使い、外貨獲得指導員の役職につくことができました。
物資不足が深刻化すれば、カネが物を言うということを学びました。
いつまでも韓国に住んでも幸福は得られないでしょう。
「ではどんな計画?」
☞時間はかかるけれども渡米したい。
北朝鮮はいつか崩壊します。
そうなれば3−4百万の亡命者が韓国にやってきます。
韓国が混乱する前に私は動かないといけません。チャンスが無くなります。
今の仕事で西洋社会の仕組みとビジネスフローを徹底的に学び、北朝鮮の人間にチャンスをくれる米国に帰化したいと思います。
米国は人口増加を受け入れる世界一の経済国であることから、私はそこで生き延びたいと思っています。
「北朝鮮が崩壊?」
☞北朝鮮は常に臨戦体制にあります。
第二次朝鮮戦争のシミュレーションも行っています。
金正恩が全面勝利を期待しているわけではありません。
彼はただ長期的な緊張状態を維持し、現状を少しでも改善したいだけです。
国内の反逆に備えた逃亡計画もいくつか用意されており、そのための贈り物を提供した国も存在します。
私が勤務していた部署も関与していました。
しかし、彼は自分が死ぬとしたら、多くの巻き添えを望むでしょう。
その意味で、韓国だけでなく日本も巻き添えになる可能性は高いです。
金正恩は、戦争の脅しに屈したら、譲歩を強いられることをよく理解しています。
ウクライナやガザなどの紛争地域も同じです。
結論は誰も出せません。しかし、私はもっと生きたいです。
「権さんは、どうやって脱北できたの?」
☞半年前にも聞かれましたが、その方法がなくなるまで、絶対に言いません。
協力者が危険にさらされる可能性があるからです。
今後、このことについて二度と問わないでください。
彼の言葉には、深い衝撃を受けた。その言葉は、私たちが普段目を背けている現実、そして未知の世界からの生の声だった。
これからの行動を見直すきっかけともなった。
彼の声をこれからも引き続き聞き、その経験と知識を共有していくことで、私たちはこれからの時代に備えることができるのだろう。
権さんの存在は、私にとって大きな財産になった。
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