セレンの寄稿者Snow White氏の元に届いた経済に関する質問に回答するコーナーです。

 

今回は、「『超円安』投機が増幅 理論値は142円、金利差で説明困難」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB294YS0Z20C24A3000000/

 

という記事について数多くの質問が届いたので、回答いたします(複数の方からいただいた質問を編集した上で掲載しています)。

 

質問1:日経新聞の「超円安」の記事が全くわかりません。高度すぎるのでしょうか?何度読んでもわかりません。

 

回答わからなくて問題ありません。円を巡る資金フローの変化と投機筋による値動き増幅が理論値での説明を難しくしている」という主張自体がナンセンスだからです。

仮に「理論値」なるものがあったとしても、もし資金フローが変化して為替に影響を及ぼしているのならば、それを考慮した上で理論値はどうなるのか、を考えるべきです。

現実が先であり、理論はあくまでそれを説明するための手段です。勝手に理論値を決めて、投機によってそれが実現していない、と批判するのは不毛です。

当たらない「理論値」に何の意味があるのでしょうか?

 

質問2: 理論値があるなら、なぜヘッジファンドなどの投機筋は円売りを仕掛けたのですか?

回答:当然の疑問です。本当に「理論値」があるならば、プロの投資家は実際の市場が理論値に向けて動くことを想定して、円安が修正される方向に賭けるはずです。

それとも、「投機筋」はバカだから理論とは逆に動いている、と言いたいのでしょうか。

日経新聞は、投機筋として「金融政策や為替の方向感に賭けるマクロ系ファンドや、値動きに沿って売買を膨らませる投資会社「CTA」などの名前が挙がる」と書いています。

実は、「金融政策や為替の方向感に賭ける」のも、「値動きに沿って売買を膨らませる」のも、立派な「理論」です。

もしそれで収益を上げているならば、市場で勝つという点では日経新聞の「理論値」よりも正しいということになります。

 

質問3: 理論値142円という記事を読みましたが、どう算出するのですか?

回答:日経新聞も「株式には割安・割高を測る多数の指標があるのに対し、通貨には為替レートの適正値を測る明確な指標は存在しない」と最初に断っています。

それだけで止めておけばいいのに、「2年金利差が約1%拡大すると約8円程度円安が進む。足元の日米の金利差は約4.5%で、これに当てはめると円相場は142円程度が妥当な水準となる」と主張します。

 

これは「理論値」ではなく、「相関関係」です。

 

単に2022年以降の週次の日米金利差とドル/円の平均的な関係を示しているに過ぎません。

日米の2年金利差のみを唯一の理由にドル/円が決定されると主張する理由は何でしょうか?私には理解できません。

 

2年金利は金融政策の見通しを示すと言われているため、ドル/円の一つの「目安」として両者の関係を見ることがあります。

しかし、市場では10年金利の方が2年金利よりも注目されており(日銀も3月までイールドカーブ・コントロールで10年金利を管理していました)、10年金利差とドル/円の関係もよく使われます。

当然ながら、10年金利を使えば「理論値」も変わります。

そんなに不安定な尺度で現実の市場を評価してもよいのでしょうか?

 

ちなみに、日経新聞は2年金利差のみでは根拠が弱いと思ったのか、「交易条件や対外債務など幅広い指標で試算した理論値」として、「日本経済新聞と日本経済研究センターが推計した23年7〜9月の『日経均衡為替レート』は約133円だった」ことにも言及しています。

しかし、均衡為替レートの算出には、ドル/円など2国間の為替レートでなく、複数の為替レートを合成してインフレの影響を除去した「実効為替レート」が用いられます。

現実の為替レートが均衡為替レートよりも円安ならば、成長率が押し上げられると想定されます。

日経均衡為替レートは、円とドルの均衡為替レートを別々に計算した上でドル/円として組み合わせる、という複雑な方法で作成されています。

 

質問4: ヘッジファンドは、皆同じなのですか?それともヘッジファンドは、1つの流れを掴むと皆同じように動くから理論値からかけ離れた実態になっているのですか?

回答:「ヘッジファンドはXXしている」と言う人は全く信用できないと考えて間違いありません。

ヘッジファンドとは、簡単に言えば「プロの相場師」です。

そうした人たちが一斉に同じ動きをすると思いますか?同じヘッジファンドの中でも、トレーダー同士が逆のポジションを取っていることもあるくらいです。

ちなみに、ヘッジファンドは自分の利益にならないことはしません。

このため、ポジショントークで利用する以外の目的で日経新聞の取材に答えることもあり得ません。

 

質問5: 日銀はドル/円が理論値から離れているのに、なぜ何も今まで是正をしないのですか?

回答日本では為替介入を財務大臣の権限において実施され、日銀は財務大臣の代理人として為替介入の実務を遂行していますhttps://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/intl/g19.htm

よく「日銀の為替介入」と言われますが、日銀には決定権はありません。

ただ、理論値はともかくとして、円相場の下落がこれまで輸入物価を上昇させ、経済に悪影響を及ぼしてきたことは事実です。

日銀の植田総裁は4月5日の朝日新聞のインタビューで、「為替の動向が、賃金と物価の循環に無視できない影響を与えそうだということになれば、金融政策として対応する理由になります」と発言しましたhttps://digital.asahi.com/articles/ASS447D1FS43ULFA007.html)。

日銀のマイナス金利解除が3月に早まった一因に円安の進行があったことは間違いありません。

また、神田財務官は3月29日のブルームバーグのインタビューで、足元の急速な円安について、「日米のインフレ率の動向や見通し、金融政策、金利の方向性といったファンダメンタルズに照らすと強い違和感を覚えざるを得ない」、「為替市場の動向を高い緊張感を持って注視し、行き過ぎた行動に対してあらゆる手段を排除せず適切な対応を取る」と発言しました。

つまり、理論値」というような仰々しいものを使わなくても、今の円安には「違和感」があり、「行き過ぎている」と判断できるということです。

 

少し下品なたとえになりますが、米国最高裁のポルノに関する判決の名言を為替レートの水準についても適用できるのではないでしょうか。

 

すなわち、「定義は難しいが、見ればわかる(I know it when I see it)」